令和7年5月に策定された「プレコンセプションケア推進5か年計画」について、その妥当性と費用対効果を多角的に検証する。本計画は性と健康に関する知識普及を目的としているが、税金投入に見合う効果が期待できるのか、日本の少子化対策として有効なのか、若者のニーズに合致しているのか等の観点から、政策の根本的な問題点を徹底的に検証する。
プレコンセプションケアの概念は曖昧で効果測定が困難

定義の抽象性と具体的成果の不明確さ
プレコンセプションケアは「性別を問わず、適切な時期に、性や健康に関する正しい知識を持ち、妊娠・出産を含めたライフデザイン(将来設計)や将来の健康を考えて健康管理を行う」と定義されているが、この定義は極めて抽象的かつ包括的すぎる。
「適切な時期」とはいつなのか、「正しい知識」の基準は何か、「健康管理を行う」の具体的内容は何かが不明確である。このような曖昧な概念に基づく政策は、実施内容が拡散し、効果測定が困難になる典型例である。
健康改善効果のエビデンス不足
検索結果によると、プレコンセプションケアセンターを日本で初めて開設したのは2015年の国立成育医療研究センターだが、それから約10年経過した現在でも、プレコンセプションケアの効果に関する具体的なエビデンス(無作為化比較試験、コホート研究等)は示されていない。
計画では「やせすぎの女性が妊娠した場合、低体重児の出産につながりやすい」ことを指摘しているが、以下の重要な点が欠落している:
- プレコンセプションケアを受けた群と受けていない群の比較データ
- 介入前後の低出生体重児発生率の変化
- 費用対効果分析(1人の低出生体重児を防ぐのに必要な費用)
国際的なエビデンスの欠如
WHO が2012年にプレコンセプションケアを提唱してから10年以上経過しているが、先進国における大規模な効果検証研究の結果は示されていない。米国CDCが2006年に提唱した概念であるにもかかわらず、米国の出生率も低下を続けている事実は、この政策の限界を示唆している。
非現実的な数値目標が計画の実効性を損なう
認知度80%達成の非現実性と無意味さ
計画では現在9割以上が「知らなかった」という状況から、5年後に若い世代の認知度80%以上を目指すとしている。この目標設定には以下の問題がある:
- 達成の非現実性:年間14%以上の認知度向上が必要だが、過去の政府広報キャンペーンでこれほど急速な認知度向上を達成した例はほとんどない
- 測定方法の不明確さ:「若い世代」の定義、調査方法、サンプリング手法が示されていない
- 認知と行動の乖離:「女性の就業率と出生率の間の正の相関は消失する」という研究結果が示すように、認知度向上が行動変容につながる保証はない
プレコンサポーター5万人養成の質的・量的問題
専門性なき相談員による健康被害リスク
計画では専門職でなくても研修を受ければ誰でもプレコンサポーターになることができるとしているが、これは重大な健康リスクを生む可能性がある:
- 誤った医学情報の提供:妊娠、避妊、性感染症等に関する不正確な情報提供
- 深刻な問題の見逃し:DV、性的虐待、精神疾患等の兆候を見逃すリスク
- 不適切な対応:専門的治療が必要な事例への不適切な助言
- 責任の所在の不明確さ:誤った助言による被害が生じた場合の法的責任
5万人という数値の非合理性
5万人という数値目標の算出根拠が一切示されていない。日本の15-49歳人口(約3,000万人)に対して5万人では、600人に1人の割合でしかない。この程度の規模で「社会全体として性や健康に関する理解が深まる」という計画の目標は達成不可能である。
企業・自治体への押し付けと形骸化
企業の80%実施目標の問題点
健康経営度調査回答企業の80%がプレコンセプションケアに関する取組を実施するという目標は:
- 強制力がない:企業にとってのインセンティブが不明
- 形式的な実施:ポスター掲示程度で「実施」とカウントされる可能性
- 本業への影響:業務時間中の研修実施による生産性低下
- プライバシー侵害:企業が従業員の性や妊娠に関する情報に関与することの倫理的問題
自治体100%実施の財政負担
全自治体での性と健康の相談センター事業実施は:
- 財政負担の偏在:小規模自治体ほど負担が重い
- 人材確保の困難:地方での専門職確保は現実的に困難
- 既存事業との重複:母子保健事業、男女共同参画事業等との重複
既存制度との重複が税金の二重投資を生む
医療機関での取組との重複と混乱
産婦人科・小児科等との役割分担の曖昧さ
計画では医療機関200以上の専門相談窓口設置を目標としているが:
- 既存診療との境界が不明:通常の産婦人科診療との違いが不明確
- 保険診療との関係:相談は自費なのか保険適用なのか不明
- 医療機関の負担増:新たな窓口設置による人的・物的負担
- 質の担保:「プレコンセプションケア外来」の標準化されたガイドラインの不在
既存の母子保健事業との重複
日本には既に以下の母子保健事業が存在する:
- 妊婦健診:14回の公費負担
- 両親学級:妊娠・出産・育児の知識提供
- 新生児訪問:産後の母子支援
- 乳幼児健診:発達確認と育児相談
これらとプレコンセプションケアの違いが不明確であり、屋上屋を架す結果となっている。
学校教育での性教育との重複と混乱
学習指導要領との整合性の欠如
学習指導要領では「性教育は、体育、保健体育のみならず、道徳や特別活動など、学校教育活動全体を通じて取り組むことが重要」とされており、既に以下の内容が教えられている:
- 小学校:思春期の体の変化、初経・精通
- 中学校:生殖機能の成熟、性感染症予防
- 高校:家族計画、避妊法
プレコンセプションケアの内容の多くは既存カリキュラムと重複しており、新たな取組の必要性が不明である。
「はどめ規定」との矛盾
中学校学習指導要領には「妊娠の経過は取り扱わない」という規定があるが、プレコンセプションケアでは妊娠に関する知識提供を行うとしている。この政策間の矛盾は現場に混乱をもたらす。
デジタル化時代に逆行するアナログ施策
オンライン活用の不足
若者の情報収集行動を考慮すれば、以下のようなデジタル施策が優先されるべき:
- AIチャットボットによる24時間相談対応
- オンライン動画教材の充実
- アプリによる健康管理支援
- SNSを活用した情報発信
しかし計画では、対面での相談窓口設置や出前講座といった20世紀型のアナログ施策が中心となっている。
費用対効果の検証なき計画推進の無責任さ
総予算規模の意図的な隠蔽
5か年計画の総予算が一切示されていないことは、以下の問題を示唆する:
- 意図的な情報隠蔽:批判を避けるための情報非開示
- 予算規模の過大さ:公表できないほど巨額の可能性
- 積算根拠の不在:そもそも詳細な費用試算を行っていない可能性
概算でも巨額となる事業費
仮に概算すると:
- プレコンサポーター養成:1人10万円×5万人=50億円
- 相談窓口200か所:1か所年間1,000万円×200×5年=100億円
- 啓発活動・広報費:年間20億円×5年=100億円
- システム開発・運営費:50億円
- 合計:300億円以上
この巨額の投資に見合う効果は期待できない。
成果指標の意図的な曖昧化
計画では「PDCAサイクルを導入する」としながら、具体的な成果指標が示されていない。本来設定すべき指標:
- 健康指標:BMI改善率、低出生体重児減少率
- 行動指標:婚姻率、出生率の変化
- 費用対効果:1人あたりの健康改善コスト
これらの指標を設定しない理由は、効果が期待できないことを承知しているからではないか。
少子化対策としての有効性への根本的疑問
プレコンセプションケアと出生率の因果関係の不在
日本の少子化対策の歴史を見ると:
- 1994年:エンゼルプラン→効果なし
- 2003年:少子化社会対策基本法→効果なし
- 2010年:子ども・子育てビジョン→効果なし
- 2023年:出生率1.20(過去最低更新)
これらの対策に共通するのは、周辺的な支援策に終始し、根本原因に対処していないことである。
少子化の真の原因を無視した的外れな政策
少子化の主要因は以下の通り明確である:
- 経済的不安:非正規雇用の増加、実質賃金の低下
- 住宅問題:高額な住居費、狭小な住宅
- 教育費負担:大学までの教育費が1人2,000万円以上
- 仕事と育児の両立困難:長時間労働、保育所不足
- 将来不安:年金不安、格差拡大
プレコンセプションケアはこれらの根本原因に一切対処していない。
機会費用の観点から見た政策の誤り
仮に300億円の予算があれば、以下のようなより効果的な少子化対策が可能:
- 児童手当の増額:月額1万円増額×100万人×1年分=1,200億円の4分の1
- 給食費無償化:公立小中学校の完全無償化の一部
- 奨学金返済支援:10万人の返済免除
- 公営住宅整備:子育て世帯向け1万戸
これらの直接的支援の方が、確実に子育て世帯の負担軽減につながる。
若者のニーズを無視した上から目線の政策設計
若者の実態との乖離
現代の若者が直面している問題:
- 奨学金返済:平均300万円の借金を抱えて社会人スタート
- 低賃金:初任給20万円程度で生活困難
- 将来不安:終身雇用崩壊、年金不安
- 出会いの機会不足:職場での出会い減少、マッチングアプリへの不信
これらの切実な問題を無視して、「正しい知識を持て」という説教じみた政策は若者の反発を招くだけである。
プライバシー侵害への懸念
性や妊娠に関する情報は極めてセンシティブな個人情報である。以下の懸念が払拭されていない:
- 情報管理:相談内容のデータベース化と漏洩リスク
- 強制性:企業や学校での実質的な参加強制
- 差別助長:妊娠を前提とした価値観の押し付け
- 多様性の否定:LGBTQや子どもを持たない選択の軽視
実施体制の脆弱性と地域格差の拡大
地方自治体の疲弊を無視した机上の空論
多くの地方自治体は:
- 財政難:税収減少、高齢化による支出増
- 人材不足:専門職の確保困難、職員の高齢化
- 既存事業で手一杯:介護、生活保護等の対応に追われる
このような状況で新たな事業を押し付けることは、自治体職員の過重労働を助長し、既存サービスの質低下を招く。
都市と地方の格差拡大
プレコンセプションケアは結果として:
- 都市部:医療機関も人材も豊富、サービス充実
- 地方部:医療機関不足、専門職不在、形式的実施
という格差を拡大させる。これは「地方創生」という政府方針にも逆行する。
国際比較から見た日本の政策の特異性
諸外国の少子化対策との比較
フランスやスウェーデンなど出生率が回復した国の政策:
- フランス:家族手当の充実、住宅手当、保育の無償化
- スウェーデン:育児休業中の所得保障、男性の育休取得促進
- フィンランド:ネウボラ(切れ目ない家族支援)
これらの国に共通するのは経済的支援と仕事との両立支援であり、知識啓発を中心とした政策ではない。
日本特有の精神論への偏重
プレコンセプションケアは、「正しい知識を持てば行動が変わる」という精神論・自己責任論に基づいている。これは効果的な政策設計とは言えない。
政策の根本的な見直しが必要
エビデンスに基づく政策立案への転換
今後の少子化対策は:
- 費用対効果分析の義務化
- パイロット事業による効果検証
- 第三者評価の導入
- 失敗した場合の撤退基準の明確化
これらを前提とすべきである。
真に必要な少子化対策への予算配分
限られた財源は以下の政策に優先配分すべき:
- 若者の経済的安定:最低賃金引き上げ、正規雇用促進
- 住宅支援:家賃補助、公営住宅整備
- 教育費軽減:高等教育無償化、給食費無償化
- 仕事と育児の両立:保育所整備、男性育休促進
- 現金給付:児童手当の大幅増額
まとめ:国民を欺く「やってる感」政策からの脱却を
プレコンセプションケア推進5か年計画は、効果のエビデンスなし、費用対効果不明、既存制度との重複、若者ニーズとの乖離など、あらゆる面で問題を抱えた政策である。
最も深刻なのは、この効果の期待できない政策に貴重な税金と時間を浪費することで、真に必要な少子化対策が先送りされることである。日本の出生率は既に1.20という危機的水準にあり、もはや「やってる感」を演出するだけの政策に付き合っている余裕はない。
政府は直ちにこの計画を撤回し、エビデンスに基づく効果的な少子化対策に予算を集中すべきである。それができないのであれば、少子化対策を放棄したと見なされても仕方がない。国民は、税金の使い道について厳しく監視し、無駄な政策にNOを突きつける必要がある。